2016年10月22日

あと一点分の自己嫌悪



ここ数年では稀にみる深さで落ち込んでいます。

自分でも信じられないほど。

わたしには到底手が届かないと

視野にも入れていなかった某試験の

受験資格年齢が今年でリミットだと知ったのが

願書申込み締切日。

この試験のために何年も一生懸命勉強してきた方々が沢山いると

知りながらも、今後はもう受験資格も与えられないんだ・・と思った途端

記念受験だけでもしようと思ってギリギリ申込み。

そして試験対策などまったくしないままに試験日到来。

思いがけず、苦手分野である自然科学系の問題や

現代文、英語で満点を取れたことを知り

もしかしたらイケるかも?というほのかな期待を抱いて二次へ。

論文2本を書いた手ごたえは「まあまあかなー」。

これはひょっとしてイケるかも?という期待が広がる。

でも現実は甘くはありませんでした。

論文対策を徹底的にしてきた方々と

文章といえばブログでのつぶやき駄文だけというわたしは

ちゃんと闘えなかった。

それでもね、悔しかったのです。

合格発表当日、ものすごく悔しかったのです。

だって、あと1点あれば合格だったという

衝撃の事実が知らされたのですから。

何百人と受験した中の

上位数人の中にうっかり入ってしまって不合格。

これがわたしには一番きつい。

こんなことならもっとちゃんと対策しておくんだった。

漢字の誤字(「牽引」の「牽」を間違えた)がなければ

合格だったのに。

・・そんな悔しい思いが頭の中をぐるぐるぐるぐる。

理性で涙が抑えられない。悔しすぎてむせび泣く。

らす´ からは「もともと受ける気すらなかったくせに」

と呆れられるし、ほんとにもうそのとおりで返す言葉もなく、

「せめて何百位、とかの下の成績だったらよかったのに」

なんて考える始末。

発表から時間が経ち、今こうしてやっと

ブログにも向かえる気持ちになってきました。


もともと自分には手が届かないものだと思っていたのなら

手が届かなくて当然。

そこに手を届かせるためには

ちゃんとした時間をかけた対策が必要だった。

ダメ元でいい加減な気持ちで受けてしまった自分の姿勢が

自分らしくなくて一番許せないです。

そもそも出願締切日に受験を思い立つなんて罰当たりだったのです。



さて、切り替え切り替え。

一生懸命やった上での不合格と

いい加減な気持ちで準備しないまま臨んだ結果の不合格とでは

こんなにも自己評価や自己嫌悪感が違うんですね。

このような気持ちをもう味わいたくないので

来月の仏検に向けて更に力を入れて頑張ろう。


頑張った人間のところにしか結果は訪れない。

人生はそういう意味で常に平等です。


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メルさんは何か察してか、

近寄ってきてはペロペロと顔をなめてくれます(汚いからおやめ)


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ニックネーム らぼすたっふ at 11:23| らす (研究員E) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする