2016年06月09日

フケ培養検査結果&「レインツリーの国」



昼休み、みわエキゾチック動物病院から

電話が入りました。

朝からドキドキしながら待っていた電話だっただけに

手も声も震えます。

そうです、早いもので、

あれ(=5月28日エントリ)から2週間経ったのです。

ダニではないことだけ判っている正体不明のフケ培養検査。

その結果通知のために戸丸先生が放った言葉。


『カビでもないですねー』


おお、やはり。

嬉しくてほっとするのも束の間、

もしかしてダニやカビといった割とメジャーなものではない

何らかの大きな病のサインなのでは・・たらーっ(汗)

と青くなるわたし。

しかし戸丸先生、


『なんでもないんですよ。悪いものじゃないんです。

恐らく、一時的に皮膚の再生バランスが崩れたのでしょう』
 



・・ああ、これで本当にほっとしましたぴかぴか(新しい)

神様、ありがとう ぴかぴか(新しい)


メルさん、メルさん!


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呼んでも「そんなことありましたっけ」的なメルさん。

通院直後から急に良くなったお耳。


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ほんと、あの大量に耳に張り付き、ぽろぽろと落ちてくるフケには

悲鳴をあげたものでした。

今は 上 写真のようになんともないメルさんのお耳。

体調不良と重なっていたかどうかと訊かれると

「うーん」と考えてしまうけれども、

確かに今振り返ってみると、ウンチがちょっといびつで

全体的に小さくて黒かった時期だったかもしれません。

(食欲は変わりなくあったしサーキットジャンプも

ものすごい速度でしていたので、うっ滞とは切り離して捉えていましたが。)


一体なんだったのかとモヤモヤしてしまう結果ではありましたが

メルさんも6歳を過ぎて、今までになかった細かな変調が

これからも出現してくるかもしれません。

そういった教訓の一端だったのだと思うと

今回のダニ疑惑カビ疑惑も

意味のあるものだったと感謝すらしてしまいます。


とにもかくにも、落ち着くところに落ち着いて

よかったね、メルさん。


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はいあせあせ(飛び散る汗) 2週間、ちょっと

(お耳を中心に)メルさんにベタベタしすぎだったかもしれません。

気になっちゃってね・・あせあせ(飛び散る汗)  許せーメルさん


*****

某御仁からのおすすめで、こんな本を読みました。


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わたしの歳ではさすがに小っ恥ずかしいストーリーの運びでしたが

扱われているテーマにフォーカスすると

なるほどなーと思うところたくさん。

今まで知らなかったと思うところたくさん。


わたしは大学で聾教育についてひととおり(概論として)学んだけれど

「聾」と「中途失聴」との違いについてなんて

そこまで突っ込んで勉強した記憶はありません。

両者を同じ括りとしていたけれど、

途方もなく厚く高い壁が双方を阻むほど

違っていたんですね。

「手話を第一言語とする『聾』と

日本語を第一言語とする『中途失聴』」

との相違は、医学的側面に留まることなく

コミュニケーション文化において

二次障害を生んでしまうんだ・・と

それまで同一視していた2つのカテゴリに属する方々に

心の中で(誰にともなく)謝っている自分がいました。


でも。

わたしが大学生だった頃は

聴覚障害である限りは(学校では)手話をさせない方針、と

学んでいました。

地方や国によってバラつきがあることと、

生きている発声・発語能力を退化させないため、という

ことが理由だったように思います。


今はどうなのかな?

教育現場では状況は変わってきているのかな?

聾者と中途失聴者とを完全分断するのは本末転倒だろうけれども

障害が現れた時期や程度や家庭の方針を勘案して

個別プログラムが組まれてるのが望ましい・・ですよね。

と、ひとりよがりな見解。


ひとりよがりを超えて勝手な個人的見解を

経験則に基づいて述べれば、

生まれつき、な人と、途中から、な人とでは

前者の方が運命を受容するのに後者ほど苦労は要らない。

と感じます。

というのも、器官は違って

耳ではなくて眼の話となりますが

高校3年の時に、ちょっと難しい水晶体の病気になったんですよ、わたし。

治るかもしれないし、ずっと治らないかもしれない。

どの医師も匙を投げるような、解決策がすぐに見つからない症状を

24時間ずっと抱えてしまうようになったんです。

具体的症状は、目に映るあらゆるものがダブって見える。

特にローマ字が厳しくて、英語の教科書なんて

あっちこっちにいろんなローマ字が浮遊しまくっているようにしか

見えなくなっちゃったんです。

そうなるともう文脈を追うとかそういう問題ではなくてね、

書かれている文字をなんとなくその形から

推測することから始めなくてはいけなくて。

周囲が受験対策に本腰入れている中、

大学受験どころじゃないよ・・って

こころ折れました。このまま高校中退か留年か、とか

ふさぎこんでは毎日泣きました。

そんなとき、視覚障害者団体のキャンプが地元で開かれ

高校の点字サークルに所属していた はとこ の誘いもあり

「自分よりももっとひどい、完全に盲目の人たちを前にすれば

自分はちょっと救われるかもしれない」

という哀れな打算の元、そのキャンプに参加したんです。

(ああ、ほんとに最低ですねわたし)


ところが。

先天性視覚障害の方々は

わたしに何を与えたと思いますか?

いっときの慰めでしょうか。

優越感でしょうか。

それとも手厳しい叱責でしょうか。


そのいずれでもなく、

彼らはわたしに真の同情と心遣いをくれたのです。


「途中からだとつらいよね、きっと」


生まれてから、うっすらとした光しか感じたことのない

女性に言われたこの言葉を

わたしは今でもずっと鮮明に覚えています。

彼女がキャンプファイヤーの炎の前で歌った

『カントリー・ロード』の力強さと明るさも。


彼らの 弱い かわいそうな 姿を見て

自分の立場を上に持っていこうというわたしの醜い画策は

わたし自身の 弱い かわいそうな 姿を

己に突きつける形で崩れ去りました。

晴眼者が障害だと定義しているものを有していても

彼らは実に自然体で生きている。

すごい、と思うより先に

自分のからだや運命を受け入れている姿が

「すごい」ことではなくて「自然」なんだな、と

すんなり思えたんです、彼らと話したり遊んだりしていて。

受容することに一切の努力はなく、

自身の人生を拓くことに対して努力している彼らに

教えられたことは、今でもわたしの人生のポリシーの根底に

流れています。


そのとき知り合った人たちの数名とは

何年か点字文通していましたが、ひとり、またひとり、と

年を経るごとに自然消滅していきました。

今どうしているかな。

中途失聴をテーマとしたこの本を読んでいたら

久々に彼らのことに思考が巡りました。


あ、わたしの眼ですが。

結局あちこちの機関を廻っているうちに

ある程度自然治癒してくれたようで(?)

今でもハードコンタクトなしでは複視になりますが

生活に支障は出ていません。

複視状態にかなり慣れたということも大きいです。

(ニンゲンの適応能力ってすごいですよ)

ローマ字が一番きつかったのに、一番こころ穏やかになれたのは

ドイツ語の手紙を書いているときだったという

不思議な自虐エピソードもまた

今のわたしの一部を形成している重要ファクタでしょう。

「レインツリーの国」の読後余韻に浸りすぎて

あれこれ思いつくままに書いてしまいました。

メルさんのフケ騒動が収束した安堵感も手伝って

余韻を更に膨張してしまった感を否めないエントリ、

ここまで読んでくれた方がいらしたら

拍手をもって労いたく存じます。









   

ニックネーム らぼすたっふ at 16:14| らす (研究員E) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする