2014年08月14日

お迎え記念日


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今日はメルさんのお迎え記念日。

4年前の8月14日(当日エントリはこちら)、太陽が容赦なく照りつける中

SNSで知り合った元親さんから

譲り受けたメルさん。

持参したねんりん家のバウムクーヘンの代わりに

帰りの電車の中で わたしは

うさぎ用キャリーを緊張して抱えていました。

こういうときの記憶って

いつまでも鮮烈ですね。

あれから4年、たった4年の間に

色々なことがありました。

嬉しいことも悲しいこともあったけど

総合するとやっぱり嬉しいことの方が多い。

メルさんを囲んで笑ったことの方がずっと多い。

癒しを敢えて求めずともそこに癒しがある。

そんな贅沢な幸せを

メルさんはいつも与えてくれます。

これからも穏やかな幸せの時間が

ラボに流れますように。


*****

一昨日の晩、フジテレビの特番

8.12日航機墜落 30回目の夏 生存者が今明かす“32分間の闘い”

ボイスレコーダーの“新たな声”


を観ました。

「圧力隔壁がどうして吹き飛んだのか」の

ヒントになる解析結果が得られたのか?と思って観たのですが

結局は29年前の事故調が正しかったことの裏付けに終始した番組で

やられた感がありました。タイトルに踊らされた自分が悪いのですけど。

でも。

この番組を観て本当によかったと思えたことがひとつ。

今までわたしは、この29年間ずっと

最後の高濱機長の言葉

『どーんといこうや』

に一種の開き直り的なものを感じ、

嫌悪感を覚えていたのでした。

当時マスコミが叩いたのと同じく

「どーんと山につっこんでやろうや!」

という意味だと思っていたのです。

500人以上の命を預かりながら、なんて不謹慎な人間なんだろうと

ずっとずっと思っていました。

ですが、この「どーんといこうや」の言葉には

続きがあったのです。

この番組で初めて知りました。

高濱機長は「どーんといこうや」の後、

「がんばれ がんばれ!」「がんばれ がんばれ!」

と、繰り返していたのでした。

こうなると、先の「どーんといこうや」の解釈が

全く変わってきます。

気持ちを大きく持って、落ち着いていこう。

望みはないかもしれないけど、それでもがんばろう。

コックピットの仲間を、そして自分を

鼓舞するための「どーんといこうや」だったのです。

(と、わたしには思えました。)


マスコミが報道する「切り取った箇所」の怖さを思い知らされました。

よく政治家の失言問題で

「前後関係もよく聞いて」とか

「前後の脈絡を考えて」とか言っていますが

それも解るような気がします。


高濱機長、今までずっと誤解していてすみませんでした。

当時、この「どーんといこうや」だけが

大きく取り上げられた末、

「殺人鬼」と罵られたり脅迫されたりした

機長のご家族も大変だったことでしょう。

わたしも(そのような行動こそ起こさなかったものの)

機長の人柄を訝しく思っていたひとりです。

機長とご家族に対し、衷心よりお詫び申し上げます。

そして空を往復することが少なくはない身として

空の安全を常に望み、感謝しようとあらためて思った次第です。


初めてヨーロッパに行ったときには

予算の関係上、

世界で最も危険なキャリアと言われた大韓航空で

(中東の給油地に停まりながら)27時間飛び続けたのですが

機内でクルーにこう言われたことが記憶に鮮明です。


「わたしたちの飛行機はいつも撃墜されたり爆破されたりするけど

自力で墜ちたことは一度もありません。

安心してください


相次ぐJALの事故を皮肉ったものだったのかはわかりませんが

これもまた別な意味で(事故ではなく事件ですから)

俄かに安心はできないことだよな、と

子ども心に思いつつ、なぜか怯えはありませんでした。

そのときの気持ちこそ

高濱機長の言葉をお借りすれば

「どーんといこうや」だったのだと思います。

日本語の捉え方の難しさもまた、29年の時を経て

かみしめています。   











        

ニックネーム らぼすたっふ at 08:06| 記念日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする