2013年08月24日

世界は一つ、されど国は数多。

ここ数日、ドイツ国内で話題のビデオクリップがある。

特に若者の間で幾何級数的な広がりを見せ、

その反応の殆どが肯定的なもの。

そのビデオクリップがこれ下

http://vimeo.com/72718945 (URLのみ記載)


着ているものから察するに、時は100年ほど前。

ヨーロッパの田舎町にMercedes-Benz(以下「メルツェデス」)

が一台、颯爽とやってくる。

恐らく車など見たこともないだろう村人たちは

驚愕と恐怖の色を隠せない。

と、そこに道の中央で遊ぶ二人の少女。

メルツェデスはものすごいスピードで疾走してくる。

あ!…と思った瞬間、メルツェデスの誇る

自動ブレーキシステムが作動し、車は止まり

少女たちは事なきを得る。

再び走り出したメルツェデス。

今度は、風船遊びに気を取られた少年が道の中央に現れる。

当然今回もメルツェデスは危険を察知して

自動的にブレーキを働かせるだろう…と思っていたら

なんとメルツェデスはそのまま少年をはねとばし

スピードを落とすことなく走り続ける。

最後に「危険は、起こる前に察知しよう」

というスーパーが映し出されて終わり。


最初はこのビデオクリップの意図することが判らず

猛スピードの車にはねられるかわいい少年と

少年の名を叫びながら家から飛び出す母親が

あまりにも残酷でかわいそうで

何故このようなビデオクリップが肯定的に話題になっているのか

まったく見当がつかなかった。

しかし、二度目に気づいた。

最後に母親が少年の名を「アドルフ!」と呼んでいること。

そして、

メルツェデスが走り去るシーンに出てくる標識にある

町(村)の名が「Braunau am Inn」だということ。

Braunau am Inn とは、オーストリアにある町で

ヒトラーの生まれたところ。

これで合点がいった。

最後の「危険は、起こる前に察知しよう」の深い意味。


世界に誇るシステムを持つメルツェデスは

これから起こりうる危機を察知する能力に長けている。

よって、これから世界を脅かす大きな危機を回避するために

その自慢のシステムをわざわざ作動させなかったのだ。

…というなんとも皮肉なメッセージが込められたビデオクリップ。

(※このビデオクリップは企業のMercedes-Benzとは一切関係なく、

映像関係の大学生による卒業制作。)


『すごい!』 『かっこいい!』 『超クール!』

などの賞賛の声がネット上に溢れている。

中には「見ていて気持ちが良いものではない」という

マイナスな意見もあるけれど、殆どが

「素晴らしい!」と評するものばかり。


…なんだかね、わたし、カルチャーギャップを感じてしまいましてね。

まず、ドイツ人の若者がナチスの歴史をとことん教え込まれていることと

それが過去のものではなくて現代の自分たちにもつながっているのだと

認識していること(関心を持っている/意識のうちにある)ことが

今更ながら驚きだった。

ドイツの「戦後」はこちらアジアとは違ってケリがつけられていて

いまだに蒸し返したり陳謝を要求したりする隣国などない状況なのに

若者たちはこのように歴史を過去のものとしていない。

翻って、日中韓の「戦後」はまだ決着がつけられておらず

毎年毎年この時期になると一悶着も二悶着もある。

なのに(日本の)若者の反応は「戦争って何?」。


続くカルチャーギャップは、

「ここまでして憎むべき自国の先人が日本にいるのか」

ということ。少なくともわたしの中では思い浮かばない。

その人物の幼少時代に戻ってまで消して(殺して)しまいたいと

思う日本人はいない。

(一瞬、731部隊の石井四郎氏が想起されたが

あどけない坊主頭の四郎氏を縊り殺したいとまでは思わなかった。)

これは教育の差なのだろうか?

加害の歴史を教えてもらっていない(←わたしの世代は特にそう)から、

甘ったるさが残ってしまっているのだろうか?

それとも宗教観の違いによるもの?

性善説と性悪説とでこうも変わってくるもの?

もしかしたら…

いや、歴史に「もし」はないとはわかってはいるけれど、

それでも「もし、ヒトラーがウィーン美術アカデミーに合格して

画家の道を歩んでいたら」とか、考えてしまう。

また、「もし、ヒトラーが夭逝していたとしても、

ヒトラーに代わる人物を時代が生み出していたのでは」とか

考えてしまう。

後にどんな悪事を働く人間であっても、子どもは子どもとして

生きる権利と尊厳があるはずなんじゃないの?と

考えてしまう自分は、やっぱり歴史認識がなってない

甘ちゃんなんだろうか。

このビデオクリップの件について正解などないけれど

(当のMercedes-Benz社は快く思っていないとのこと)

世論の圧倒的多数を占める賛成派の心の中を垣間見て

あらためて戦争や歴史に思いを巡らせた次第。

そして生まれ落ちた土壌によってもたらされる

思想や習性の違いについても考え及んでしまった。

以前、「日本人はどうして辛いとき(身内が亡くなったときなど)

に笑うの?さっぱりわからない」

とドイツ人に言われたことがある。

わたし自身、それまで全く意識していなかったことだけど

確かにニュース映像を見ていると

被害者や苦しみのさなかに居る人たちは大概「笑って」いる。

もちろん、声をあげてワハハと笑うのではなくて

茫然自失とした中、自然に口角が上がってしまうのだが

どうして日本人のDNAの中にそのような反応が埋め込まれているのか

いまだわたしにもわからない。

国と国との違いというものは大きいな。

…と、ただそれだけを言いたかったのだけど

風呂敷を大きく広げすぎちゃいました。

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土曜日のメルさん。

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こんなねむねむなお顔を見られるのは週末だけなので

じーっと見つめてしまいます。

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ついに寝落ち。

メルさんが夢を見ている間に

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今日は乾燥ニンジンに挑戦ですよ。

メルさん、乞うご期待かわいい













ニックネーム らぼすたっふ at 19:51| らす (研究員E) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする