2012年11月16日

『動物はすべてを知っている』

図書館で

「読んで読んで」とわたしを手招きする本に出会いました。


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J.アレン・ブーン著 『動物はすべてを知っている』 (ソフトバンク文庫)


著者の実体験が綴られたエッセイなのですが

この方の思考基盤と行動力・忍耐力が凄い。

人間と動物との間にヒエラルキーを認めているキリスト教視点からは

乖離したモノの見方から、(いい意味で)我流のACを試み、

まっさらな気持ちで「想念」を動物に送ることにより、

異種間コミュニケーションを可能にしてしまった凄いお方。

ときにユーモラスに、ときに感動的に

人間と動物をまったくの同等な立場で捉え

「いのちの表現者」という素敵な表現を用いながら

人間と動物との関わり合いが語られているのですが

あまりにもこころに大きく残りすぎてこころから溢れ出てしまいそうなので

ブログマナーとしては褒められた行為ではありませんが

二つだけ引用紹介してしまいます。


すべての生き物と仲よくやっていく気なら、

わたしもまた純真無垢なこころで、

純粋な動機によって生きなければならない


(本書P.122より引用)




すべての生き物は外観にかかわりなく

「善」を秘めていて、敬意、共感、やさしさ、

そして愛をこめた応対によって

それを表現したがっている


(本書P.147より引用)



動物とこころ通わせるには

序列を取り払うことが大前提。

人間が高等動物であるなんて一体誰が決めたのだ。

そう考えないとこの方のようには動物と付き合えません。

わたしは、というと

その理屈は解るものの、やはり傍に居るメルさんを

物質的に保護しているのだ、我々の庇護下に置いているのだ、

という上から目線の角度を変えることは正直難しいですし

ヘビを見ればぎゃあと逃げるし

ハエと対等な立場でお友達になろうとは思いません。


でも。

こころの中の窮屈さや屈辱感を慮ることなく

狭いケージに何時間も閉じ込めておき

やっと出られたと思ったら

あれこれ舐めまわされるように凝視され

毛並がどうの、色艶がどうの、顔立ちがどうの・・・と

指摘されて順番をつけられるラビットショーは

フェスの1年目に初めて見て、

良い気持ちはしませんでした。

この本を読むと、良い気持ちがしないどころか

ショー自体がちゃんちゃらおかしくなってきます。

価値観の違いはもちろんあるでしょうし

ショーに出られて嬉しい子も中にはいるかもしれませんので

敢えて否定はしませんが、

内面の声を聴ける人もひとりぐらい審査員に入れてもいいんじゃないか、と

思います。人間のミスコンだって中身がどのくらいピカピカかを測るでしょう?

もしくは、入賞した子たちに逆に「良い人間」を選ばせるような

コーナーがあってもいいかもしれません。

うさぎたちに「そんなことしても何の意味もない」とか

嘆息されちゃうかもしれませんが、

それで溜飲の下がる子もいるかもしれませんから。


こころ躍るイベントの前にテンション下げるようなことを書いてすみません。





ニックネーム らぼすたっふ at 14:55| らす (研究員E) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする