2011年01月15日

大久野島に行ったのに

殆どデイリーで更新されている『執事たちの沈黙』。
ご存じ うさ飼い芸人、髭男爵ひぐち氏によるブログです。
(ご存じ...なんてエラソーなこと言いつつ
ワタクシ、マイミクさんに教えてもらうまで知らなんだ...)


本日のエントリ内容はこれまた知る人ぞ知る『大久野島』。

別名「ウサギうさぎ島ウサギ」として有名なところ。

そう、うさぎ

有名なところ。


船から降りて島に足を踏み入れたら
まずはうさぎたちが視界に入ってくるでしょう。

顔(え〜ん)フツーはね顔(え〜ん)


ワタクシ、メルさんと出会う前、即ち、うさぎに関心を向ける前、
というより、先代ハムスタ もぐたんと出会う前、即ち、動物との
自宅での共生など微塵にもアタマにない頃に、

この島に行きました


目的は『毒ガス資料館』。

大久野島の名前は、ワタクシの中では
「毒ガス工場の島」として刷り込まれていたのです。

忠海港から船に乗り、島が近づくにつれ
船中はだんだんと沈鬱な空気に・・・

なったかと思っていたけれど、きっと「うさぎ目当て」の
方々は「いぇーい!うさぎと戯れまくるぜー!」
と上がるテンショングッド(上向き矢印)を抑え切れずにいたことでしょう。

空気読めない上に自分のことしか考えられないワタクシ、
お察しのとおり・・・

島に降りても

まさかの

うさぎの存在すら徹底無視

一目散に「毒ガス資料館」へと足と気持ちを向けておりました。

「地図にない島」として知られ(戦時中は地図から削除されていた)
世界にただ一つの「毒ガス製造工場資料館」を
負の遺産として守り続け、
毒ガス製造機や当時の作業服、砲台などの
生々しくも貴重な資料を展示してくれているこの島は
戦争の語り部としてこれからも重要な役割を担っていくでしょう。


で。

この島にうさぎがあんなにたくさん居るのは
きっと毒ガスと関連があるからだよね?

と思って調べてみましたら、

現在人懐こく観光客を歓待してくれているうさぎたちは
毒ガスとは無関係とのことでした。

もちろん毒ガスの実験動物として多くのうさぎたちが
尊い命を戦争のために失っていたのは事実ですが、
終戦と同時に当該うさぎたちはすべて処分されたそうです。

なので、今元気で無邪気に観光名物うさぎを名乗る彼らは
毒ガスの犠牲となったうさぎたちの子孫ではなく
休暇村建設後に本土から連れられてきた子たちとのこと。


なんとも皮肉な、因果なハナシ。

陽の裏には陰あり。

うさぎは人間よりもとても深い部分で
大切なこと(祖先の歴史も含まれると思う)
感じ取り、理解する動物なので
きっと戦時中に殉死した祖先(仲間)の思いは
彼らのココロのどこかに繋がっているのだと考えます。


なので、肝要なのは、

うさぎたちが求めるのは、

人間側もこの史実と事実を理解することだと思っています。

目的こそ違えど、うさぎが暮らす島で
うさぎの背景にあるものをしっかりと胸に刻み
人間の理不尽さとおぞましさにどっぷり浸かりながら
うさぎを愛玩できる現状に感謝すること。

こういった使命をもっているからこそ
「終戦後に本土から連れてこられた」
のではないかな・・・というのが勝手なワタクシの推測。


いやー、それにしても

大久野島に行ったのに

うさぎに気づかないなんてーーーたらーっ(汗)


自ら導き出した上述の

「目の前をうさぎを見ながら今の平和と戦争の残虐性に深く感じ入る」

目的を全く果たしていないじゃないのさ。

・・・また再訪しなきゃ。


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ニックネーム らぼすたっふ at 09:39| らす (研究員E) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする