2013年08月13日

「カマラとアマラの丘」

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「カマラとアマラの丘」 (初野 晴 著/講談社)を読了。

通勤電車の中で読むにはあまりに重たい本でした。

人間とも動物とも話ができる青年を

ストーリーテラー的な軸に据え、5つの短編において

さまざまな動物と人間との関わりについて語らせています。

そう、「動物と人間との関わり」であって、

「動物と人間との交流」とか「動物と人間との触れ合い」とか

そんな生易しいものではない。

高等動物のヒエラルキーの頂点に君臨する(と勝手に決めた)人間が、

神様から与えられた、感情も魂も持たない

便利な道具
(と勝手に決めた)動物を

実際の社会においてどう扱い、どう捉えているか、を

まざまざと見せつけられるこの本、

目(心)を背けたくなるシーンもあり、本当に痛々しいです。

でも、もっともっと深い部分に迫っていくと

動物たちが人間をどう見て、どう考えているか、に

思考は巡り、彼らの方が一枚も二枚も上手であり

精神性というレベルでは人間より遥かに高い位置にあるのでは、と

素直に思えてしまうのです。

人間のエゴや欲って怖いな、嫌だな、

・・・という感想だけには終わらず、

そういう業を背負っている人間として生まれたからこそ

彼ら動物たちに対して考えたり

行動を起こしたり、接したりする使命があるんだよね、と

希望をくれる作品でもあり、それが救い。

しかし人間と動物とのかかわりをちょっと穿って見てしまうと

今こうして傍にいてくれるメルさんすらも

コンパニオンアニマルとして、

心の浄化作用を持つ便利な生き物として

勝手に共同生活を強いているのではないの?という思考も

頭を擡げてきてしまう。

何が正しいのかわからないし、

ひとつの正解は存在しないのかもしれないけれど

自分が動物とかかわっていく上で

襟を正させてくれる本であることに違いないことは確か。


夏の脳味噌溶解防止の一冊として(重たいけど)おすすめです。

(ちなみに、著者の初野さんは

実生活ではライオンドワーフの女の子を

2歳7ヶ月で尿結石により亡くしていらっしゃいます。)














ニックネーム らぼすたっふ at 16:01| らす (研究員E) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする