2012年08月25日

病気と生きることを選択してうまれる

シュミ友Yちゃんからのオススメ本

『自分をえらんで生まれてきたよ』(いんやく りお/サンマーク出版)

を読みまして・・理生(りお)くんの感受性や洞察力に

感動するとともに、共感できるところもあった自分の反応に

とても驚いています。


先天性の病気を持って生まれてきた理生(りお)くんは

胎内記憶もさることながら、ママのお腹の中に入る前の記憶まで

しっかりと携えています。

人は生まれる瞬間にこれらのことを大抵忘れてしまうようなのですが

彼が語る「記憶」は一見とてもメルヘンチックだけれど

とても理論的で筋道が通っています。

彼はこう言います。

「ぼくは、病気をえらんで生まれてきた」



もうね、びっくりですよ。

何故彼が敢えて難しい病気(しかも苦痛をずっと伴う)を

選んだのかは伏せますが、読み進めれば進めるほど、

なるほど・・・と納得のできることばかり。


そして

わたしが涙しながら共感できた最高の言葉はこれ。

「自分が好き。

自分の体が好き。

自分の体、ありがとう。」



(図書館に本を返却してしまったので完璧な転記ではありません)

理生くんとは比にもならないだろうけれど

わたしがどうしようもなく

症状のあれこれに押しつぶされそうになったとき

最近は理生くんの上の言葉を

素直に体に話す自分がいるのです。

自分のココロが欲するものを自分に与えられるのは、体あってこそ。

不快な症状ばかり発してコノヤロウ・・・だなんて思っていたら罰当たり。

全てを受け容れて仲良く付き合っていこう!

と思ったときに

自分が好きだなあ、と思える。そんな感覚も気持ちよいものです。


・・・というようなことにやっと最近気づいたわたしに対して

理生くんは生まれる前からその「気づき」を得ていたという。

脱帽です。


わたしも(理生くんと違って記憶はなくしたけれど)

ややこしい病を人生の途中から抱えることを

敢えて選んで生まれてきたのかな。

体を棄てたいと思っちゃうほど綱渡り的な

スリリングな人生を自分で選んだのかな。


今はそれに頷けます。

人は自分の目的を果たすに相応しい親を

選んで生まれてくるそうなのですが

確かにあの両親の下でなくては

わたしの無謀でわがままな希望は

果たせなかったかもしれません。


「人は」と書きましたが、きっと動物もそうなのですよね。

「あの人のところへ行こう」

と決めてやってくる。

そして、理生くんの言葉を借りれば

「こういう病気を患うのは知っているけれど、敢えてこの体にする」

と決めてやってくるのではないでしょうか。

(ACの勉強をしているすずっちに訊けばもっと詳しく正確なことが解ると思います)


だとすれば、メルさんは・・・

GPT値が極めて高く、モニタリングを終生続けながら

生きてゆく体を選択し、そして、その体が

わたしたちのところに来ることをしっかりと解っていて

自分の魂を「メルさんの体」に預けたことになります。


斜頚を乗り越えたメルさんは確かに一回り

強く凛々しくなったように思えます。

そして「このくらいのことで泣いてたら先が大変だよ」

とわたしに釘を刺してくれていたのではないかとも

最近は思うのです。

メルさんが選んだ

「自身のステップアップ」と「わたしを強くする」という

目的が、こう考えると明確に見えてくるのです。


生きるというのは不思議ですね。奇跡ですね。

奇跡だけどそこには必然がある。だから不思議。



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メルさんが らすズ のところに来た最大の狙いは・・・


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激安八百屋さんが近くにあるからだったりして。





ニックネーム らぼすたっふ at 09:00| らす (研究員E) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする